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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4945号 判決

原告

坂本剛

ほか三名

被告

佐藤豊

ほか一名

主文

一、被告らは、各自、原告坂本剛に対し金六二八、八三三円、原告坂本式璋、同坂本悦子、同坂本和子に対し各金二三五、八八八円宛および右金員に対する昭和四二年九月二八日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告らのその余の請求を棄却する。

一、訴訟費用はこれを三分しその二を原告らのその余を被告らの負担とする。

一、この判決の第一項は仮りに執行することができる。

一、但し、被告らにおいて共同して原告坂本剛に対し金三五〇、〇〇〇円、その余の原告らに対し各金一二〇、〇〇〇円宛の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一原告らの申立

被告らは、各自、

原告坂本剛に対し金一、九四一、〇〇〇円、原告坂本式璋、同坂本悦子、同坂本和子に対し各金七九四、〇〇〇円宛および右金員に対する昭和四二年九月二八日(本件訴状送達以後の日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え

との判決ならびに仮執行の宣言。

第二争いのない事実

一、本件事故発生

とき 昭和四〇年八月二六日午後四時三〇分ごろ

ところ 茨木市大字西河原六三一番地先、交差点

事故車 小型三輪貨物自動車(兵六の八八九四号)

運転者 被告金

死亡者 訴外坂本邦子

態様 亡邦子は右交差点を南から北へ横断中、西進してきた事故車に接触、転倒されて死亡した。

二、身分関係

被害者亡邦子(当時四二才)と原告らの身分関係は左のとおり。

〈省略〉

三、権利の承継

原告らは前記の身分関係に基き亡邦子の取得した賠償請求権を法定相続分に応じ原告剛が三分の一、その余の原告らが各九分の二宛承継取得した。

四、損益相殺

原告らは後記損害に対し左記の金員の支払を受け、これを亡邦子の損害に充当した。

自賠法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円

第三争点

(原告らの主張)

一、責任原因

被告らは、各自、左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告佐藤

根拠 自賠法三条、民法七一五条

該当事実 左記(1)ないし(4)の事実

(二) 被告金

根拠 民法七〇九条

該当事実 左記(4)の事実

(1) 事故車の運行供用

被告佐藤は事故車を所有し自己の営業のために使用し運行の用に供していた。

(2) 運転者の使用関係

被告佐藤は、地金商を営み被告金山を従業員として雇用し自動車運転等の業務に従事させていた。

(3) 事業の執行

本件事故当時、被告金山は、被告佐藤の前記営業のため事故車を運転していた。

(4) 運転者の過失

被告金山には前方不注意・不注視の過失があつた。

二、損害の発生

(一) 逸失利益

亡邦子(当時四二才)は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

部品洗滌工

(2) 収入

日給七五〇円、一ケ月二五日、年三〇〇日稼働として年収二二五、〇〇〇円。

(3) 生活費

月額一〇、〇〇〇円、年額一二〇、〇〇〇円。

(4) 純収益

年間一〇五、〇〇〇円。

(5) 就労可能年数

死亡当時の年令四二年(争いがない)

平均余命三〇年(争いがない)

右平均余命の範囲内で六〇才まで一八年間就労可能。

(6) 逸失利益額

亡邦子の前期就労可能期間中の逸失利益の死亡時における現価は金一、三二三、〇〇〇円(ホフマン式算定法により年五分の中間利息を控除、年毎年金現価率による。但し、円未満切捨)。

一〇五、〇〇〇円×一二・六=一、三二三、〇〇〇円

(二) 精神的損害(慰謝料)

亡邦子 一、〇〇〇、〇〇〇円

原告剛 一、〇〇〇、〇〇〇円

その余の原告ら 各五〇〇、〇〇〇円宛

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 原告剛は、昭和一八年四月三日亡邦子と結婚、戦時中満鉄に勤務していたため戦後無一物で引揚げ九州の炭鉱に勤務していたが、右炭鉱が閉山となつたので職を求めて上阪し、同三七年より炭鉱離職者雇用促進事業団の経営する肩書地に居住していた。

(2) ところが、不幸は重なり、原告剛が気管支喘息、高血圧に倒れて全く就業不能となり、そのため生計は亡邦子および長男式璋の収入で支えられていた。

(3) 亡邦子は、旧制女学校を卒業しており、長男の中学、高校在学中はそのP・T・Aの副会長を勤め、原告剛が病身のため長男式璋とともにささやかながらも自動車の修理工場をもつべく頑張つていた。

(4) 右の如く、亡邦子は単なる家庭の主婦ではなく原告一家の支柱となつていたもので、突然の事故で邦子を失つた原告一家は全く前途暗たんたる状況にたちいたつている。

(三) 弁護士費用

原告剛が本訴代理人たる弁護士に支払うべき費用は金五〇〇、〇〇〇円である。

三、本訴請求

(一) 原告剛は次のとおり請求する。

(1) 亡邦子相続分 四四一、〇〇〇円

前記亡邦子の損害合計二、三二三、〇〇〇円より前記自賠法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額の三分の一。

(2) 固有の慰謝料 一、〇〇〇、〇〇〇円

(3) 弁護士費用 五〇〇、〇〇〇円

(4) 右金員に対する前記遅延損害金

(二) その余の原告らは各次のとおり請求する。

(1) 亡邦子相続分 二九四、〇〇〇円

亡邦子の損害合計二、三二三、〇〇〇円より前記自賠法による保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額の九分の二。

(2) 固有の慰謝料 五〇〇、〇〇〇円

(3) 右金員に対する前記遅延損害金

四、示談について

(一) 原告剛が示談書の作成に応じたことは事実であるが、これは被告金が、これは保険金を受領するのに示談書が必要なのでその便宜のために作成するものであり、保険金の交付をうける目的にだけ使用する旨申述べて示談書に押印を求めてきたので、同人のいうままに示談書に押印したものである。

したがつて、原告剛は被告金に対し保険金一、〇〇〇、〇〇〇円と葬儀費用六〇、〇〇〇円のみで他の一切の賠償請求権を放棄したものはない。このことは事故後一〇日余で右示談書が作成されている事からもうかがわれるところである。

(二) 仮りに、被告金のいう通りであつたとしても、右示談は原告剛と被告金との間でなされたものにすぎず、その余の原告ら並びに被告佐藤との関係では何ら効力のないものである。

(被告らの主張)

一、被告佐藤の非運行供用

(一) 被告金は被告佐藤の従業員ではなく、本件事故当時被告佐藤の業務に従事していたものでもない。

(二) 事故車は形式上被告佐藤の所有名義になつているが、実質は被告金の所有である。事故車購入の際、売主との交渉上被告佐藤の買受名義にしたのみで代金の支払は被告金がこれをなし売主もそのことは諒知している。

(三) したがつて、被告佐藤は事故車を自己のための運行の用に供したものではなく、自己の業務とは何ら関係がないのであるから、本件事故につき責任を負うべき理由はない。

二、被告金の無責

本件事故につき被告金は無過失である。

本件事故は亡邦子の信号無視の過失により発生したものである。

(一) 本件事故は、被告金が時速三五粁位で西進中、信号機の設けられている前記交差点において、亡邦子が対面信号が赤であるのにこれを無視して南から北へ走り出て交差点中央付近で事故車と接触、転倒したために発生したものである。

(二) 被告金は対面信号が青であつたのでまさか前方を横断するものはないと信じていたものであり、同女が走り出たときは約六米位に接近していたため把手を左に切り急停車の措置をとつたが本件事故となつたものであり、信頼の原則からも被告金には過失はない。

三、示談の成立

(一) 被告金と本人およびその余の原告らの代理人たる原告剛との間では左の通り示談が成立している。

被告金は右示談金を支払つた。

(1) 示談成立時期 昭和四〇年九月六日

(2) 示談条項 被告金は葬儀費用(約六〇、〇〇〇円)を毎月分割して支払い、自賠法による保険金は原告剛において支払いをうける。

(二) しかして、右示談により本件事故については一切円満に解決し今後本件に関してはいかなる事情が生じても決して異議を申し立てないことを相互に確認して示談書を作成したものであり、右示談書は原告ら主張の如く単に保険金受領の便宜のために作成したものではない。

四、過失相殺

仮りに、被告らの上記主張が理由がなく有責と認められるときは、亡邦子にも本件事故の発生につき前記の如き過失があるから過失相殺を主張する。

第四証拠 〔略〕

第五争点に対する判断

一、責任原因

被告らは、各自、左の理由により原告らに対し後記の損害を賠償すべき義務がある。

(一)  被告佐藤

根拠 自賠法三条

該当事実 左記事実

(1) 事故車は、元来、被告金が訴外尼崎ダイハツから購入しようとしたのであるが、当時、同被告に銀行との取引口座がなかつたため同被告自身買主となることができず、同被告の知人で当時スクラツプ屋を営んでいた被告佐藤が売買契約上の買受人となり、かつ、買入れ代金支払のために同人振出の手形を差入れた。

(2) 右代金は、その後、被告金が負担、分割払で支払つたものであるが、事故車の道路運送車両法に定める登録名義人、使用名義人はいずれも被告佐藤となつており、かつ、自賠法による保険契約も同人名義で締結されている。(〔証拠略〕)

(3) 右認定の事実に照らすと、被告佐藤が対販売会社との関係において買主として責任を負うべき立場にあつたことは勿論、道路運送車両法上、事故車の登録名義人、使用名義人として所定の責任を負うべき立場にあつたことは明らかであり、その限りにおいて対社会的に事故車を自己の支配、管理の下に運行せしめることを表明したものとして事故車の運行に関し管理、支配の責任を負うものと解すべきである。蓋し、被告金自身は自から独力で自動車を購入する資力も信用もなく、かつ、無登録車、無保険車の運行が禁じられているところ、事故車が法令上所定の登録、検査をうけ、あるいは保険契約を締結して被告金によつて利用され得るようになつたのも、被告佐藤の名義を使用して右手続を了したからほかならず、事故車は被告佐藤の管理、支配の下に置かれるものとして始めて対社会的に適法に使用されうる状態に置かれたと云うべきだからである。

(4) そして、被告佐藤が右の如く自己の名義で事故車を運行せしめることを許容したことについては、格別、そうすべき社会的、公共的要請があつた訳でなく、そうすることが知人である被告金の利益に合し、かつ、自己の利益にこそなれ不利益になることはないと判断したからにほかならず自己の自由意思と責任においてこれを許容したものと推認される。

(5) 右の如き事実関係に徴すれば、被告佐藤は、少くとも事故車の使用、利用に関する限り被告金に対し指示、監督をなすべきであり、かつ、これをなし得べき立場にあつたと云うべく、また事故車購入後、被告金は被告佐藤方へ出入しており(〔証拠略〕)、被告佐藤は実際にも事故車の運行を管理、支配しうる機会を有していたのであるから、たとえ、被告金の供述する如く直接被告佐藤の営業のために使用されたことはなかつたとしても、なお、事故車の運行につき管理、支配の責任を負うべきである。

(6) そうすると、被告佐藤としては自から決定、許容した事故車の利用形態すなわち被告金による事故車の運転、使用から発生した事故については自賠法三条の責任を免れないものと解すべきところ、本件事故当時、被告金が事故車を運転していたことは争いのないところであるから、被告佐藤は本件事故につき運行供用者の責任を免れないものと云うべきである。

(二)  被告金

根拠 民法七〇九条

該当事実 左記のとおり。

(1) 本件事故現場は、全幅一五米、両側未舗装部分各二米、中央コンクリート舗装部分一一米の東西道路と幅員約七米の南北道路が直角に交わる交差点であり、信号機が設備されている。右東西道路は直線で見透しは良く、制限速度は時速四〇粁。

(2) 被告金が右交差点に入ろうとしたとき西進方向の信号は青、北進方向の信号は赤であつた。

(3) 被告金は、右東西道路の中央寄り(事故車の前輪が前記コンクリート舗装部分の南端から約三・八米位のところにくる位置)を、時速五〇粁を下らぬ速度で西進してきたものであるが、交差点の手前(東)約二〇米位の地点で対面の青信号が変らないかと気をとられながら進行し同交差点の直前にきたとき、前方約六・九米、交差点の中央附近(右東西道路コンクリート舗装部分の南端より約二・八米位の地点)に、南から北へ向けて小走りに横断しようとしている亡邦子を認め急ブレーキをかけハンドルを切つて避けようとしたが及ばず、亡邦子の腰部附近に事故車の右前照灯附近が接触し、本件事故が発生した。

(4) 事故当時、事故車の進路前方の見透を妨げる事情があつたとは認められない。なお、甲一、八号証および被告金の供述のうち、事故車の時速を約三五粁とする部分は証人山口の証言と対比して採用できない。(〔証拠略〕)

(5) 右事実によれば、亡邦子が対面信号が赤であるのに、しかも交差点の中央を通つて南から北へ横断しようとしていたことは明らかであり、同人には少なからざる過失が存するといわねばならないが、一方、被告金としても、制限速度違反、前方注視不充分の過失は免れない。

(6) すなわち、被告金は亡邦子との距離が約六・九米位になつたときはじめて同人に気づいたと云うのであるが、その時同女はすでに東西道路のコンクリート舗装部分の南端からでも約二・八米、右道路南側未舗装部分の南端からは約四・八米位東西道路上に進出していたことになるのであるから、もし、被告金において予じめ充分前方を注視し制限速度を遵守して進行しておれば、より早期に同女の存在に気づき本件事故を回避し得た筈である。

しかるに、被告金山が前記地点に至るまで亡邦子に気づかず、これを避け得なかつたとすれば、それは同被告が右注意義務を遵守せず漫然進行していたためと推認するほかなく、この点における過失は免れない。

二、損害の発生

(一)  逸失利益

亡邦子(当時四二才)は本件事故のため左のとおり得べかりし利益を失つた。

右算定の根拠は次のとおり。

(1) 職業

原告ら主張のとおり。(〔証拠略〕)

(2) 収入

原告ら主張のとおり。(証拠、前同)

(3) 生活費

原告ら主張のとおり。(証拠、前同)

(4) 純収益

原告ら主張のとおり。(証拠、前同)

(5) 就労可能期間

原告ら主張のとおり。(証拠、前同)

(6) 逸失利益額

原告ら主張のとおり。

(二)  精神的損害(慰謝料)

亡邦子 一、〇〇〇、〇〇〇円

原告剛 八〇〇、〇〇〇円

その余の原告ら 各四〇〇、〇〇〇円宛

右算定につき特記すべき事実は次のとおり。

(1) 原告剛は病身で就労できない状態であつたため、原告ら一家の生計は亡邦子および原告式璋の収入によつて支えられており、亡邦子が一家の中心的存在となつていた。

(2) 亡邦子と原告らの前記身分関係。(〔証拠略〕)

(三)  弁護士費用

原告剛はその主張の如き費用を支出し、債務を負担したものと認められる。

しかし本件事案の内容、審理の経過、前記の損害額に照らすと被告らに対し本件事故による損害として賠償を求め得べきものは、三五〇、〇〇〇円(内訳、着手金三九、〇〇〇円、報酬三一一、〇〇〇円)と認めるのが相当である。(〔証拠略〕)

三、示談について

〔証拠略〕には被告金主張の如き内容の示談条項が記載されており、被告金はその主張にそう供述をするが、原告剛および原告式璋は右示談書には自賠法による保険金を請求するためのみに使うものだからといわれて署名捺印したものである旨供述しており、右示談書が事故後一〇日目位の比較的早期に作成されたものであり本件交通事故に関し一切円満解決した旨の記載部分は既製の用紙に不動文字で記載されたものであることを考慮すると、右原告らの供述も一概に排斥し得ず、被告金主張の如き合意が原告剛との間に成立したものとは断定し得ない。よつて、被告金の右抗弁は採用できない。

四、過失相殺

亡邦子にも本件事故の発生につき前記の如き過失がある。しかして、本件事故の態様双方の過失の内容、程度等の事情を総合考慮すれば過失相殺により前記損害賠償請求権の二分の一を減ずるのが相当である。

五、原告らの基本債権

(一)  原告剛

(1) 亡邦子の相続分 五三、八三三円

亡邦子の損害合計二、三二三、〇〇〇円を前記割合により過失相殺しこれより前記自賠法による保険金を控除した残額の三分の一(円未満切捨)。

(2) 固有の慰謝料 四〇〇、〇〇〇円

但し、過失相殺後の分。

(3) 弁護士費用 一七五、〇〇〇円

但し、前同。

計 六二八、八三三円

(二)  その余の原告ら

(1) 亡邦子の相続分 三五、八八八円

前同残額の九分の二。

(2) 固有の慰謝料 二〇〇、〇〇〇円

但し、過失相殺後の分

計 二三五、八八八円

第六結論

被告らは、各自、原告剛に対し金六二八、八三三円、その余の原告らに対し各金二三五、八八八円宛および右各金員に対する昭和四三年九月二八日(本件訴状送達以後の日)からそれぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わねばならない。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱の宣言につき同法一九六条を適用する。

(裁判官 上野茂)

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